自信教人信の記

〈じしんきょうにんしんのき〉阿弥陀如来の本願、浄土真宗の先生達の思想について、自らの信心、思索を深め、人にも伝えようとするものです。

「自信教人信」と本ブログの目的

浄土真宗には、「自信教人信」という言葉があります。これは、阿弥陀如来の本願を自分が信じ、他の人にも信じるよう勧めることをいいます。

 

七高僧の一人、善導大師の『往生礼讃』に「みづから信じ人を教へて信ぜせしむること、難きが中にうたたさらに難し。大悲をもつて伝へてあまねく化するは、まことに仏恩を報ずるになる」とあるように、信を開いた人にとっての次のステージです。

 

阿弥陀如来の本願を信じるとは、皆さんよくご存知の「南無阿弥陀仏」という言葉に凝縮されています。相対的にして有限な、力無き自分を頼りにするのを諦め、絶対の力を持ち、善人・悪人関わりなく救って下さる阿弥陀如来を頼もう、ということです。

 

本ブログの主な目的は、自信教人信の実践にあります。私自身の信心を深めていくと共に、人生の問題に悩んだり、不安を感じながら生きている人に、安らかな気持ちで日々を過ごすことが出来る道をお伝えしていきたいと思います。

 

大変悲しいことですが、現在の日本には、生活問題、受験、就職活動等々で悩み苦しみ、自ら命を絶ってしまう人が大勢います。国の政策でも自殺対策は喫緊の課題で、様々な手を打っているようですが、「安心を与える」という宗教の主要な目的からいっても、この方面からのアプローチが同時並行で必要だと考えます。

 

私は阿弥陀如来を信じるに至り、それ以前と比べて、あまり物事に煩わされることなく、随分と平安に生きられるようになりました。少しでも多くの人が楽になることが出来ますよう。

 

南無阿弥陀仏